海老原たかさとのブログ

想い新たに ー閑話休題ー


皆様こんばんは!海老原たかさとです。
 
 あと数十分で平成27年も御仕舞いです。政治の道を志す原点となった人物である私の祖母の法事が最近あったので、一年の締めにつらつら書いてみようと思います。お付き合い頂けましたら幸いです。

 法事は12月19日でした。母方の祖母と伯父と同じくして行いました。祖母は101歳を目前にしての大往生、伯父も82歳と天寿を全うしたと思います。

 祖母の松山千恵子は、大正3年生まれ。幼い頃の関東大震災での被災、先の大戦での銃後の苦労、政治家の妻としての気遣い、自身が政治家になってからの荒浪、女性として、妻として、母として、政治家として、休む間のない人生だったかもしれません。そんな自身の人生を「流れるままに」と表現した、私には計り知れない深みをもった祖母でした。一方で、寛容寛大で、寡黙ながらもユーモアに富んだ祖母、聞けば何でも答えてくれました。下谷、御徒町での関東大震災の被災、明治大学での女学生時代の話、終戦前夜の様子、様々な政治家たちとの交流etc…随分と話をしました。どの話も私にとって宝物です。それでも、やはり亡くなってみると、もっともっと聞いておけばよかったと感じています。

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在りし日の祖母(当時100歳)と妻子(当時1歳)と母と。

 それは、伯父の舟橋功一にも当てはまります。県議会の議長を務めて、政治の世界から離れて再度、市長として地方行政に携わった伯父。大学の先輩でもあり、弁護士にも苦学してなりました。

 以前、ある選挙で当時市長だった伯父と選挙カーに乗ってマイクを握った際、ガーガーがなり立てる私に「門前の小僧習わぬ経を読むだな」と気を使ってくれた姿が苦笑とともに思い出されます(気恥ずかしくなり、すぐにマイクを返しました)。もっともっと、地方行財政のこと、議員としての心構えなど聞いておけばよかったなと、今、心底思います。

 二人の志しを受け継いで、中央区の発展と区民の皆様のために、更に頑張ろうと決意を新たにするとともに、己が未熟を再認識した一日となりました。祖母と伯父とを選んでくれた埼玉には、今、従兄の舟橋かずひろがいます。ともに精進してまいります。

来年も頑張ります!皆様も素晴らしい一年をお過ごしください!