海老原たかさとのブログ

一般質問~内容編その5「昭和通り、日本橋に架かる首都高速道路の撤去について」(後篇)


皆様おはようございます!海老原たかさとです。
 
 新年を迎え、気持ちを新たに頑張ってまいりますので、本年もお付き合い頂きますようお願い申し上げます。

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 早速ですが、今回は、一般質問~内容編その5「昭和通り、日本橋に架かる首都高速道路の撤去について」(前篇)に引き続いて、質問の意図や答弁の感想などを、書いていこうと思います。

 まず、質問の意図です。

 中央区の今後の発展を考える上で、賑わいと活気とを区内に隈なく漲らせることが重要であり、そのためには、人の行き来をより増やす必要があると考えました。そこで、身近なところで、改めて自分の住んで暮す場所を見渡したとき、賑わいの有無を分けている分水嶺がありました。昭和通りでした。昭和通りは、上空を首都高によって塞がれ、あたかもベルリンの壁のように町を断絶していました。

 振り返ってみると、小さい頃から、昭和通りを越えて室一仲通りや三越などで飲食買い物を楽しんだりすることも、江戸橋や日本橋を渡って宝町や八重洲方面に行くことも、人形町や浜町、馬喰町、横山町と比較すると少なかった記憶があります。いずれも首都高で分断されており、無意識のうちに足が向かなかったのだと思います。

 この首都高を取り除いて昭和通り上空に青空を取り戻せたら、中央区全体の発展、区民生活や地域経済の更なる向上をはかれると考えました。

 加えて、中学のころからは通学路として昭和通りを横断していました。その当時、本町2丁目交差点の首都高下の歩道(現在、橋脚と緑のフェンスで囲まれた前篇写真参照)部分には、ホームレスが陣取っていました。また、陽の光が射さず、埃っぽく終日暗く、皆下を向いて歩いている印象でした。ですが、私にとってその姿は、当り前の風景だったのです。こういう無自覚、馴致されてしまうことがもっとも恐ろしいことであり、まずは問題提起をして議論の俎上に載せたいとも考えました。

 子供が生まれてより強く芽生えたこの地域で長く暮らしたいという想い、そうした子供たちに渡す未来のまちの在り方、そう遠くない将来に起こるとされる首都直下型地震など災害への対策、中央区全体の賑わいと活気の維持、こうした観点から首都高撤去の問題を取り上げました。

 最後に、答弁の感想です。

 議論の俎上に載せたいと考えていたところ、前向きな答弁を頂いたと感じています。いわく、
①日本橋川上空は、首都高の移設撤去をして、青空を取り戻すことは、「地域」はもとより「中央区」の長年の夢である。
②日本橋地域の首都高移設撤去は、「必ず実現しなければならない重要な課題」であり、地域と一体となって「着実に取り組んでいく」。

 地域の皆様や行政とともに、今後もより一層、昭和通り、日本橋川に青空を取り戻そうと大いに励まされた答弁となりました。と同時に地域の皆様の声が行政を動かし、町をつくっていく原動力になると確信した次第です。そのためにも、地域の皆様の声を如何に集約してより大きな声、大声援に膨らましていくのかが、新たな私の課題となりました。

 仕舞いまでお読み頂き、ありがとうございました。次回は、今回の一般質問の大きなテーマのもうひとつ「高齢者福祉保健を問う」について、順次、質問と区長答弁との要約、また質問の意図や区長答弁の感想などを書いていこうと思います。お付き合い頂けましたら、ありがたいです。

今年も頑張ります!皆様も素晴らしい一年をお過ごしください!