ご挨拶


ポートレイト

私は、今、41才です。
妻と今年、小学生になる男の子がひとりいます。

同世代の声を、そして、子育て世代の声を、引き続き区政に反映させます。
また、共に暮らす古希を超えた母や地域の先輩方との交流を通じて、ご高齢の方々の、切実な今の声を、区政にしっかり反映させます。
更に、日本の、東京の、まん真ん中にある中央区の魅力を磨き、東京を牽引して、国際競争力向上に資する活動をしてまいります。

4年前に、区議会議員として区政を付託されて以来、「現場の声を聞き、行動する。そして、一歩でも前に進める。」という信条で、微力ながら活動を続けて参りました。
おかげさまで、皆さまにお支え頂き、それぞれの世代特有の課題や日本橋など地域ごとの課題に取り組んでおります。

具体的には、
・待機児童解消に向けた小規模保育の可能性
・お子さんの食育や健康、園庭や校庭など身体を動かす場の確保などの良質な子育て環境への取り組み
・地域住民同士の支え合いの場である「通いの場」施策の充実
・一人暮らし高齢者の安全安心の構築
・障害をお持ちの方とご家族の和やかな暮らしの実現
など、小さいお子さんからご高齢の方、障害者の方、すべての方々にとって「住み良いまち」を目指して、一般質問や委員会を通じて区行政に提案をしております。

なお、将来の首都交通機能の更新としての日本橋首都高の地下化や昭和通りの首都高の撤去については、一定の前進がみられました。
まちづくりでは、地区計画改訂の議論のなかで、「住み続けられるまち」という日本橋地域の想いを、地区計画の中に反映させるお手伝いをさせて頂きました。
さらには、「住み続けられるまち」の実現のために、今の、そして未来の私たちのまちについて、日本橋の堀留町、大伝馬町、小伝馬町、人形町三丁目、小舟町、富沢町の地域を中心に、まちづくりや暮らしに関わる情報共有の場を地域の方々と立ち上げ、毎月活発な意見交換をしております。

そして、人口回復を達成した中央区の次なる目標として、一昨年の改訂された基本構想において、「輝く未来へ橋をかける - 人が集まる粋なまち」とされました。
江戸以来の歴史に裏打ちされた伝統文化を育みながら輝く未来を創造し、住み・働き・集うすべての人々が、幸せを実感し誇りを持てる都心「中央区」をつくっていくと謳っています。

これは、近い将来20万人を超えるであろうお住まいの方々の暮らしの充実、企業やお勤めの方々の経済活動の活性化、体験や観光を楽しみに訪れる方々の知的好奇心の充足、こうした都市の魅力を如何に、多様性と持続可能性の中で、首都直下地震の懸念や世界経済の不安定な動向なども踏まえて、実現していくのかということであると思います。

海老原たかさとは引き続き、
中央区を世界で一番のまちにするべく、
中央区ブランドを向上させ、
「住み続けられるまち」の実現に全力を尽くす所存でございます。

海老原たかさとは、
妻と共に、6歳の子供を育てる父として、
そして、71歳の母を支える息子として、
子育て施策、高齢者施策に、全力で取り組みます。

1期目を終えて、今後の政治活動の指針として、私が中央区の今と未来を皆さまとご一緒に、よりよくしていきたいとの想いを、改めて次の言葉で表わすことにいたしました。

今を!そして、未来を!ご一緒に。

「住み続けられる街」の実現に向けて、全力を尽くしてまいります。
何卒、海老原たかさとへご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

平成27年 海老原 崇智

3つの実感

私は、洋服屋を営む祖父、祖母、日本経済新聞社記者の父、母、妹との6人家族で育った日本橋3代目です。

1. 祖父母が80才をすぎて父が死去、祖父母の介護を経験しています、

2. 結婚、現在2才を過ぎた息子の育児の真最中です。

3. 長く暮らし、家族の町会活動を行う中で変遷していく町並みを肌で感じ取っています。

ご挨拶01

2つの血

私には2つの血が流れています。ひとつは、父方の商人の血。曽祖父、祖父と日本橋で洋服屋を営んだ地元の血です。

もうひとつは、母方の政治家の血。いわば、変革の血です。

曽祖父の松永東は自民党の衆議院議員(議長)、祖父母の松山義雄、千恵子(埼玉県初の女性代議士)も自民党の衆議院議員、三人とも埼玉県選出でしたので、ジバン・カンバン・カバンは引き継いでおりませんが、その「志」は受け継いでいます。

ご挨拶02